福岡 榊山神社
秘宝吉則の太刀 天下の奇祭「たたき祭
福岡榊山神社の起りは、養老年間(七二〇年ころ)と伝えらている。現存する神社の棟札には、天文10年(一五四回、慶長19年
(一六一四)、寛文八年(一六六八)などの年号が書かれていることからも、かなり昔からあったことがわかる。
(福岡町史・資料編下巻社寺を参照)
江戸時代までは、福岡村天王桂として庶民から親しまれて来
ており、代々の苗木藩主からも手厚い保護を受けて来た。明治
になって、神仏の分離政策が行われた際、榊山神社と改名した。
昭和37年、宗教法人として知事から認可されている。神桂林を
含めた全体の広さ五千三百平方メートル (五反三畝)、建物三
百七十二平方メートル(約四畝)。
その神社が秘宝として、太切にして来たものの一つに、吉川
の太刀がある。第十二代苗木藩主遠山友禄(天保6年~明治2
年)が寄進したもので、昭和3年国の重要文化財に指定され、
現在、東京上野博物館に保管されている。長さ七十五センチ、
元幅二・八センチ、そり二・六センチ。昭和44年、重要文化財
の補修として、文化庁から約三十万円の補助を得て磨く。県文
化財図録の解説には、『姿形ちがよく、反高く物打辺より目立って狭まり、小切先に結んだ優しい古典的な太刀』と絶讃。作
者の吉川は、京三条派の三条古川で、初二代ころ(六百二十年
以前)と推察されている。
7月20日の祭典で、働を待ったおともの人に叩かれると、無
病息災、家内繁盛など、その一年は大変に縁起がいいとか。そ
のたたき祭りの起源は、元弘・建具のころ(約六百五十年前)
とかいう。福岡柚苗木にあった、牛頭天王社を、中津川市苗木の高森に移そうと、現在の神社まで来た時、押せど引けど勤かず、
とうとう榊の枝で供の者を打ち十えたが、全く勤かず、その地
に祀り込んだという。そのたたいた≫)とに由来して、祭りがされているとの伝説が残されている。
7月19日の前夜祭は、富くじ、手踊り、おみこしなどの余興があって、境内あふれんばかりの人で大賑わい。祭典の当日は、
巫子による浦安の舞、神への祝詞が奉上されると、たたき祭りの行列が出発。御神体、御神宝、来賓、たたき役の浜が太 いら、善男、善女の
‘っ受ける参道へと進む。
附出小使と水則戻特ぃた…にがハイョー」゛と大声をはり上げて、
参話者をたたいて行く。
宮司の深谷昭二さん(小池)、は 「太刀は、国家安泰を訴願して、奉納されたものではないでしょうか。私も太刀を見ていないし、
実際に見た人は少ないので、関市の県賭物館で、保管してもらえるようになるといいので十が。
公の立場では、信教の自由ということを尊重していますが、日
本文化を守る、慣習を大切にするという。‐一とて、地儀社会の中の神社と考えては、どうでしょうか。」神道としての宗教という
より、日本の伝統を大切にするということで、参拝して欲しい、
という。
上から、美しい切先・吉則の銘がある柄・そりもすばらしい全体
榊 山 神 社
銀幣社榊山神社は言い伝えによると、700年ほど前のこと、植苗木に城をかまえていた殿様(苗木遠山一族の遠祖)が、
苗木のほうが軍事的に大切だと移城(苗木高森城)した際に、祭っていた神様も一緒に移そうとして榊山神社の地に来た時、
ご神体は全く動かなくなりここに祭ったという。
毎年7月19・20日に祭が行われ、祭のクライマックスは、氏子たちが参諸人を榊の枝でたたく所である。その昔、
ご神体を引く人夫を榊で打ったところから、このようにされるようになったといわれ、これで打たれると病気にかかることがないという。
ここの宝物は、国の重要文化財の吉則の太刀。長さ76㎝の古典な太刀は姿形良く、
作者は600年位前の京三条派の初代か二代の吉則と推測されている。現在は、東京上野の美術館で保管展示されている。
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