下野庚申堂

 下野庚申堂縁起  紹介 PDF

尊天は真面金剛王皇子と申し上げ帝釈天店内の本尊であります。三面六郷の御百万
中の合掌の二河は大慈悲心を表わし、次め上背は輪宝と剣をかゝげ夫々真理と智恵を表わ
し、外側の二郷は弓矢を持って、一切の非魔降伏の百であります。之は古代の人々の深い
信心から感得したお姿でありました。。
 我国最初の重詰は大宝元年正月庚申目口摂津国四天王寺に十七凡才の皇子の百で降臨し
長老民部僧都と丼に、衆生済度に従杓れたとあり・ます。それから庚申様を信仰する者は全
国津々浦々に至る迄拡りまし←に。
 下野庚申堂は縁合時代初期に、文覚上人が諸国行脚の途次、この他の人々の信心に応え
て安圖さ打たと伝えられて居ります。下野は当時飛騨街道中仙道四通口当り、交通の要衝
であった為とも忠われます。
 其後永い問、人々、の感心に守られて、お参りする人右段々多くなり、又範囲右広くなっ
てゆきました。一時堂宇の荒廃していた話右伝えられておりますが、元禄の初め頃、中堂
妙円信女が広く化縁して堂宇が再興されたと言杓れ、又現住の本堂は其れより凡そ九十年
後、安永仁年に建立されたのであります。明治二十三年前堂建立の際は山岡鉄舟が墨跡を
沢山寄贈され、其の建立を肋けられました。前言正面の金剛王の大節は鉄舟の筆でありま
す。この時に境内を拡張して賂と現在の規模になりました。
 本尊の庚申尊大は、行基菩薩の作といわれ、秘仏とされて、五尺余りの大きな厨子に、三
百余年前に、おさめられまして、誰も自分の眼で直接拝したものはありません。御開帳の
時は仰枚か皇なっている、戸帳の問から、五色の糸を御手にかけ、前世より外は白い布で
前万の本店に至ります。この布に触れて御利益をいただくのであります。
 庚申様の心は庶民の素朴な願望の成就にあります。下野庚申堂は堂宇ち持別立尿だとは
言えません。只皆様のあつい信心によって護持されて来たと云う事であります。
之は私且ハ奉仕するものにとって有難いことでございます。

 

  行    事
毎年一月元旦初詣祈年祭
毎年 庚申の日に例祭
 特に一一回目の庚申は大祭といたします。
 四月第二日曜は春祭り
 中年の第二回庚申は仁日間の開帳
 寅年の第二回庚申は五日間の開帳
 庚申の年は特に十二日間の開帳をいたします。

下 野 庚 申 堂

東京:たいしゃくてん   大阪:四天王寺


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